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  紅白歌合戦と愛人の殺害…エイトマンの克美しげるさん死去
                         

                                          2013年10月15日  00:07

     


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 克美しげる(茂)の名前は、「芸能界は犯罪天国」という本で知った。
 「歌手が、殺人を犯した。」という事でぼくの記憶に残った。また、 紅白にも
 出ていた歌手で、ぼくが幼い頃に夢中で見ていたエイトマンの主題曲を歌っ
 ていたという事も、後で知って驚いた。 

  克美しげる 

 ● 刑務所でのカラオケ大会
 克美しげるは、1976年に愛人を殺害して懲役10年の判決を受け、7年2か月の
 服役後、仮出所した。
 埼玉県内でカラオケ教室などを開いたりしたが、その後、覚醒剤取締法違反で
 実刑判決を受けた。

 最近、読んだ金原龍一著作の「私と過ごした1000人の殺人者たち」という本にも
 克美しげる(本名:津村誠也)が出てきた。
 そこでは、刑務所の年に一度開かれるカラオケ大会に向けて、特別コーチを買っ
 て出ていたが、そうした大会では、出れば優勝してしまうので、本人は出場しな
 かったエピソードなどが以下のように書かれていた。

 判決は懲役10年。実際には7年ほどで仮出所したから、いまの時代の感覚から
 すると相当甘い量刑だった。いま同じ事件を起こせば確実に15年から20年は食
 らうケースだろう。

 しかし、津村はやはり芸能人として知名度があり、ほかの懲役たちたちからは
 一目置かれていた。お調子者のきらいはあったが、ヘンにえらそうな態度はなく、
 ヘタクソながらもソフトボールやバレーボールなど、すすんでスポーツに参加
 する姿勢が好感を呼んだのかもしれない。

 あるとき、津村が何やら紙切れのようなものを持っていた。
 「何ですそれは?」
 「ああ、工場でね、歌の指導を少し・・・・・・」

 やはり、元紅白歌手という看板は大きかった。津村は年に1度開かれる工場
 対抗のカラオケ大会に向け、特別コーチを買って出ていたのだ。
 津村自身は、そうした大会で自ら歌うことはしない。出れば優勝して当たり前
 だからだ。そのかわり、花見の季節になると特別ステージとして持ち歌の
 「さすらい」を披露した。やはり、見事なものだ。

 津村は出所後、平成元年(1989年)にふたたび覚醒剤事件を起こして実刑
 判決を受けた。このときの覚醒剤の入手ルートはあの大刑(大阪刑務所)時代
 に築かれたものであることを、私は良く知っている。
       ( 金原龍一著作 「私と過ごした1000人の殺人者たち」より )     

 その克美しげるが、今年2月27日に妻にみとられて亡くなった。
 脳出血のため栃木県の病院で死去したことが分かったと、10月2日にニュース
 になっていた。75歳。宮崎県出身。葬儀・告別式は近親者で行ったという。

 このニュースはネットのニュースサイトで一部取り上げられただけで、週刊文春
 も新潮もスルーしてしまった。
 かつての人気歌手の死に関して、ずいぶん冷たいように思えた。

 克美は、8月に自殺した藤圭子さん(享年62)もカバーした「さすらい」をヒット
 させ、1964年、65年に2年連続でNHK紅白歌合戦に出演した。その後、低迷。
 妻と長女がいながら銀座のクラブホステスと愛人関係を続けた。
 ところで、克美しげるの、37年前の事件とは、どんな事件だったのか。

 ● 芸能界復帰の邪魔になる
 1976年5月8日、羽田空港の警備員が、空港の駐車場に止めてあった乗用車
 のトランクから、異臭がする不審な車を発見して警察へ通報した。警察が車の
 トランクをあけたところ、元クラブホステスでタレントの岡田裕子(35歳)の死体
 を発見した。

 犯人は克美しげる(36歳)だった。一時、芸能界から干されていた彼は、遊興費
 などで多額の借金を抱えていた。その借金返済のため、岡田裕子は「ソープラ
 ンド」で働くようになった。
 それも、克美しげるからは「妻との関係は冷え切っている」「借金返済ができた
 ら結婚しよう」という言葉を信じ、また彼のカムバックを願って。

 裕子の努力が実ったのか、克美はみごと芸能界に返り咲くことができた。
 と、同時にソープ嬢の裕子が目障りになっていた。 「裕子は俺の芸能界復帰
 の邪魔になる・・・・・・」
 そう思った克美は、裕子を殺害してしまう。

 しかし、克美はすぐに逮捕された。
 1976年8月23日、東京地裁は「女に結婚を迫り続けられた妻子ある男が、思い
 余って殺害してしまった」という同情もあり、検察側の求刑より軽い懲役10年を
 言い渡して確定した。

 1996年、(克美が58か59歳の頃)31歳年下の礼子夫人と4度目の結婚をする。
 もちろん事件のこともすべて知っていた。礼子さんとはお互いに恋心を抱き、
 結婚するが、このときも克美には他に複数の女性がいて、それが弊害になっ
 た。
 「1人ずつ頭を下げ、別れてもらい、晴れて礼子さんと結婚ができました」

 新しく始めたカラオケ教室は、それでも在りし日の克美しげるを知る、熟年の
 女性たちが集まり、なんとか生活はできた。
 結婚してから暫くして、礼子さんの実家の群馬県館林に住むようになった。

 が、その後は心臓病・脳梗塞・顔面麻痺などの疾病に相次いで襲われた。
 昨年「車いすでも何でも歌う」と意欲を見せたが、今年2月27日に妻にみとら
 れて亡くなった。
          

 参照: 【自伝「克美しげる」】“封印”解かれるのか「僕から歌います、とは言えない」
      克美しげるさんが死去 元歌手、エイトマン主題歌
       克美茂・愛人殺害事件(事件史探求) - FC2

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